日記・芸能

NHKで淵田美津雄とジェイコブ・ディシェイザーの憎しみを乗り越えた物語!

8月15日の今日は終戦記念日です。全国戦没者追悼式も行われ、天皇陛下が「深い反省」を表明されました。

これに合わせて、NHKではNHKスペシャルの特集として「ふたりの贖罪~日本とアメリカ・憎しみを越えて~」が放送されます。そこで紹介される”ふたり”、淵田美津雄、ジェイコブ・ディシェイザーとそのエピソードを調べてみました。

 

淵田美津雄

 

淵田美津雄は1902年12月3日生まれで奈良県の出身です。隊長として第一航空艦隊の赤城飛行隊を指揮、”真珠湾攻撃”で奇襲成功の電文「トラ・トラ・トラ」を打った人物として有名です。ちなみに「トラ」は「突撃」と「雷撃」を組み合わせた暗号とされています。
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ジェイコブ・ディシェイザー

ジェイコブ・ディシェイザーは1912年11月15日にアメリカで生まれました。1942年4月18日のドゥリトル空襲に参加した軍曹であり、その空襲によって日本側に死者87名、重軽傷者466名の被害が出ています。なお、このドゥリトル空襲はアメリカ陸軍航空軍の爆撃によって行われた初めての日本本土に対する空襲であったとされています。

空襲後、燃料切れにより中国で不時着。日本軍の捕虜となりました。

 

ふたりのエピソード

終戦後、淵田美津雄は故郷に戻り、農業を営んでいました。しかし、戦犯裁判(東京裁判)が始まると証人として法廷に喚問されます。淵田はこの裁判は勝者としてのアメリカが敗者としての日本に復讐するためのものであるとして、憎しみを抱いていました。

ある日、淵田は渋谷駅で下車。すると、アメリカ人が道行く人にパンフレットを配っているのをみて、彼もそれを受け取りました。内容は日本の捕虜となっていたというアメリカ人の写真と手記…、ディシェイザーによるものでした。

淵田が指揮を執った真珠湾奇襲作戦が実行された時、ディシェイザーはカリフォルニアの軍事基地で台所当番として働いていました。しかし、この奇襲の一報を受け、怒りを露わにしたディシェイザーはジミー・ドゥリトル爆撃隊に志願。復讐心を胸に、爆撃機で飛び立ち東京を爆撃します。(ドゥリトル空襲)爆撃に成功したものの、燃料切れにより中国の日本軍事基地にパラシュートで降り立つこととなります。翌朝、日本軍の捕虜となってしまっていたのでした。

南京で3年半、囚われていたディシェイザーは人間が憎しみ合う理由について考えていました。そこで宗教の教えに興味を抱き、看守が差し入れてくれた聖書を読み始めます。聖書、キリスト教の素晴らしさを知ったディシェイザーは、やがて日本人にこれを伝え、広めたいと考えるようになりました。

終戦後、一度はアメリカに戻ったディシェイザーでしたが、神学校で学んだ後に日本に戻り、自らが命を奪った名古屋を拠点に伝道を始めました。

ディシェイザーのこうした手記に目を通した淵田は半信半疑ながらもキリスト教に興味を持ち、聖書を読みはじめるようになります。そこで淵田もまたそれに心を奪われ、アメリカにまで渡り、神のメッセージを多くの人に伝えるようになりました。

後にふたりは直接出会い協力して伝道を行ったこともあったみたいです。とても深い話です。
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まとめ

真珠湾を爆撃した淵田美津雄が、それに感化され報復として日本を爆撃したジェイコブ・ディシェイザーの手記をきっかけとして回心する。互いの国を憎しみ合ったふたりが笑顔で向き合い、共に神の教えを伝え歩くというその光景は果たして偶然がもたらしたものであったのでしょうか。

戦争と平和は人の心の在り方でどちらも思うように作り上げることができるのかもしれませんね。終戦記念の今日という日にとても考えさせられるお話と出会えました。

今日の20時から放送されるNHKスペシャルも期待しましょう!

では、このへんで。ありがとうございました。

 

 

 

 

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